4月17日(ダイエット開始から17日目)の記録
消費カロリー=3108kcal
 ・ジム運動:  400kcal エアロバイク200kcal + ウォーキングマシン200kcal
 ・生活運動  2708kcal カロリーメーター数値=2559kcal(上のジム運動を含まない)


摂取カロリー=2569kcal
 ・ 朝食 400kcal ご飯(120g)+納豆(45g)+味噌汁(2杯)
 ・ 昼食 900kcal とら系ワンタンメン
 ・ 夕食 651kcal さばみりん(76g)154kcal+マーボ丼410kcal
            +こがねいか(40g)35kcal+菜の花(186g)52kcal
 ・ 酒  618kcal 糖質OFFビール風(2.0L)618kcal
〔摂取カロリー〕 - 〔消費カロリー〕 = 2569cal-3108kcal=-539kcal
一日の削減目標である-840kcaよりも消費量が少ないので、本日は目標不達成です。
  ただし、消費カロリーの方が多いので、体重は減少傾向ですから、まぁいいでしょう。

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539kcal 減

体重は、(4月18日)82.6kg で、昨日より0.2kg減で順調です。
   
腹囲(4月18日)は、102cmで、昨日と変わりません。

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今日のお昼は、とら食堂系列のラーメン屋さんで「ワンタンメン」を食べました。

とても、ダイエット中の食事とは思えないような、グルメレポートになりますが、運動量でカバーしているからこれでも大丈夫です。

目標値の-840kcalには、届きませんでしたが、-539kcalとマイナスだし、あんまりギシギシに考えるとダイエットなんか続きませんから、これでいいのです。 
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とら食堂系列といえば、なんと言っても
   「ワンタンメン」
ですよ。

この店は、東武東上線「みずほ台駅」近くの『もめん』です。
福島県白河市の『とら食堂』で修行した、とら系ラーメン屋で、おそらく埼玉県のとら系はここだけでしょう。

とら系ラーメンは、チェーン店ではないし、『大勝軒』のように同じ屋号を使うわけでもありませんが、本家で修行を積んだ店主が開店し、必ず自家製の手打ち麺で、化学調味料を使わず天然材料で丁寧にだしをとったスープが自慢のラーメン屋さんです。

地域性としては、当然福島県が多いのですが、全国に分布しています。
屋号がバラバラなので分かりにくいのですが、「白河手打ち麺」とか「白河多加水麺」などと表示していればとら系の可能性があります。

とら食堂の本店はこちら。
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白河市の中心街から、車で30分ほど東に走った田んぼの中に、この店だけがポツンとあります。
通りがかりについでに入るような環境ではなく、明らかに『とら食堂』を狙ってきた人しか入りませんが、いつも満員です。

とら食堂「心得帳」より
奥州の玄関口として栄えた城下町・福島県白河市。
那須連邦を望む豊かな自然の中、清らかな水と空気に恵まれた高原都市です。

その白河に、ラーメンを出す店が現れたのは、戦後間もなくのころ。
 
そんな折、とら食堂の先代、竹井寅次は、白河市本町北裏にあった「◯い食堂」でワンタン職人として働き始め、そのお店で麺づくりを覚えたと言われています。
 
寅次は、若い頃から酒と博打が大好きで、それまで何をしても長続きしない男でしたが、ラーメンづくりだけは一生懸命。
  「とらさんのラーメンはおいしい」
と評判になり、いつしか「ラーメンの天才」と呼ばれるようになりました。
そして昭和44年、白河市郭内に初めて自分の店「中華そば とら」を開店しました。
 
寅次は「とらさん、とらさん」と、多くの人から親しまれた人柄で、ラーメン作りを教えて欲しいと頼まれると、誰にでも教えました。
こうして、とらさんから教わった弟子たちが店をかまえ、白河に多くのラーメン店が出現。
現在では、人口約6万5000人の街に、約100店のラーメン店が軒を連ねています。
 
とら食堂の先代・竹井寅次は、昭和58年3月、56歳と言う若さで他界。
「うまいラーメンを」という情熱を息子に託し、この世を去りました。
 
二代目店主、竹井和之が父・寅次のもとに弟子入りしたのは19歳のころ。
父とふたり、店を切り盛りしていました。「親子でも親方と弟子」、試練の日々が続きました。

しかし、和之28歳の年、父・寅次の突然の死。
少年の頃、裕福とは言えない家庭に育った和之にとって、父の作るラーメンはごちそうでした。
おいしいラーメンを作る父の姿は、それだけで自慢に思える父親でした。

父亡き後、和之はその思いを胸に、日々お店に立ちました。
天才と呼ばれた父の味を守るために。

とら食堂に弟子入りしてから33年。
和之は、一度たりとも厨房から離れることはなく、毎日ラーメンを作り続けています。

今では多くのお客様がとら食堂の味を楽しみにやってくる店となり、多くの弟子を持つまでになりました。
そう、「とらさん、とらさん」と親しまれた、父・寅次のように。

『もめん』の店内パンフレットより。
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